ニートになって考えたコト5
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お金
という概念が無くなった時、
あなたは何をしますか?
俺はきっと世界を旅すると思う。
今だから言える。
自衛官時代の俺だったらきっと言えなかっただろう。
そんなコト、以前の自分だったら考えなかった。
でも、考える機会がありすぎてさっ、
人生におけるお金の立ち位置について、
自分の心の立ち位置について。
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week5
DAY28
今日も予定なんかなくひたすらボケーっとする。
何かやりたいことがあって辞めたはずだった
自衛隊。
こんな生活したいんじゃなかった。
ただボケっとする。
九州最南端の砂風呂に入らながら見る
戦国時代ぶりの月食、
今年1の贅沢な時間だったなぁ。
戦国の人達はどんな気持ちで見ていたのだろう。
DAY29
夜まで指宿の図書館で時間を潰す。
この旅ももうすぐ終わる。
このブログを書くために慌てて4日間を思い出す。
久しぶりに1人になって自分と向き合った。
この旅はありがたいほどに人に恵まれて、
1人にならなかった。
ほんとありがたいけど、
自分の中で1人の時間は大切だったんだって初めて感じた。
寂しがりやのくせに1人の時間はしっかり欲しい。
贅沢な自分の弱さを感じた。
夕方に鹿児島県唯一の友人マコちんに会い
夜は鹿児島のサッカーチームの練習に参加。
とてつもない体力の衰えを感じ、チームの1人牧角さんのうちに泊めていただいた。
理学療法士をしながらサッカーする先輩に憧れを抱きながら眠りについた。
DAY30
この旅ももう1ヶ月。
今日からヒッチハイクで家に帰ることにした。
理由はお金がないから。
牧角さんに感謝を伝えて家を出る。
諦めてばっかだったこの旅のラスト。
ラストぐらいはしっかり達成して次に繋げよう
そう決めて画用紙を掲げた。
夜22時広島についた。
静岡に行くと言っていた方に乗せてもらっていたが広島で降ろしてもらった。
久しぶりに会いたいやつがいて。
DAY31
高校の同期と再開し、そいつの彼女と3人で広島観光。
謎3人だったけどめっちゃ楽しかったなぁ。
あのモヤモヤした気持ちと向き合いながらの観光はなんとも複雑な気持ちだったけど。
DAY32
広島に別れを告げ、SAへ。
色んな人に乗せてもらい、
三重へ入ったのは26時過ぎ。
DAY33
深夜2時の御在所PA
午前7時スタバの前で爆睡こいてた俺に奈良で建築関係の仕事をしている社長さんに声をかけていただき
ヒッチハイク史上初めて自宅まで送っていただいた。
摩訶不思議。
なんと0円で家まで着いてしまった。
この国は怖いぐらいに優しい。
この国に生まれたことに1番感謝した日だったなぁ。
と同時に、家での居候生活が始まった。
DAY34 〜DAY46
居候生活
ただぼーっとする。
日本の恥って本当に思ってたけど、
次の仕事はこだわって決めようって
テキトーに決めたらまた自衛隊時代みたいに心ここに在らず状態が見えて。
何も動けなかった。
ハローワークと図書館、家。この繰り返し。
うんざりしてた。
DAY47
見事に完成したクソニートは
単発バイトのため名古屋に行った。
約2ヶ月ぶりの仕事は受付のスタッフだった。
初めて会ったお母さんたちとひたすら受付の業務をした。
8時間。
楽しかった。
久しぶりにした仕事はお金を稼ぐ以上の楽しさと満足感があった。
仕事をするって、人と関わることなんだって
社会に自分の居場所を作っていくことなんだって
はじめて気づいた。
今まで自分の居場所があることが当たり前すぎて、気づかなかった。
その夜、名古屋の友達とご飯に行った。
そいつは夢を追いかけて名古屋の専門学校に行ってて、俺からしたらキラキラしてた。
小さい頃からの夢を叶えるために頑張るそいつを見て心を押された気持ちになった。
自分の人生を生きようって。
動かなきゃ何も変わらない。
そいつのことは今もずっと尊敬してる。
大好きなあいつと別れた後、
その足で電話をかけた。
今まで会った中で1番ワクワクした人に。
1週間ノーギャラで働かせてくださいって。
DAY48
早朝、2つ返事でオッケーしてくださり、父さんが使わなくなった作業着を握りしめて、岐阜へ向かった。


DAY49
ニートになって75日目の朝、
セブンのWi-Fiを撤去する俺がいた。
第二の仕事をはじめるきっかけは人だった。
環境じゃなくて人だった。
最初の就職は環境で決めた。
自分の中でものすごく恐ろしく成長できそうな環境に身を置きたくて就職した。
もちろん厳しかったし仲間もできて楽しかった。
一緒にヘロヘロになるぐらい頑張った後のおしゃべりタイムが大好きだった。
でも、
そこが俺の人生でやりたいことだったのか
自分の理想と今の環境のギャップに違和感を感じはじめてから仕事に力が入らなくなった。
そんなやつに構ってくれるやつなんていなかった。
負のスパイラルがはじまり、先輩も同期も俺に寄り付かなくなった。
結論から言うと、
環境から逃げた。
逃げた先には何もないに決まってる。
そんなやつの沖縄生活うまくいくはずがない。
色々間違えたこの約2年間で学んだ。
自分の心に逆らわないって
現実から逃げない
そう決めた。
この74日間は俺の人生にとって必要不可欠な時間だった。
たとえ誰に何を言われようとケロッと笑えるぐらい大事に育てた時間だから。
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終
おわりに
今回なぜこのブログを書いたのか、
結論から言うと あの時の本心を誰かと共有したかったから。
カッコつけたい年ではありますが、本音で書かせていただきました。
あと、語るの大好きなんでその衝動を抑えるために。。
世界一の寂しがりやなんです!笑
共感、ダメ出し等、いつでも受け付けておりますので、連絡ください。
自分に興味を持ってくれた方、
このブログからはお答えできないので下記DMまで。
ご愛読いただきありがとうございました。
このブログで何かを想ってくだされば幸いです。
2023.2.11
津原璃緒
あれから14日後、、
名古屋ヒルトンにて。

人生何があるかわからない。
ギャップイヤー
欧米圏ではギャップイヤーという道を選択する人が多いという。
1年就職も進学も先延ばしにして、いろんな経験しよーって年。
要は捉え方次第ってこと。
捉え方次第でニートもなんでも人生の大切な時間になる。
少なくとも俺はできない。
1人だと甘えてしまうから。
自分を律することができるようになった時、俺のギャップイヤーがはじまると思う。
だから、ニートになって考えたコトは
5 であり、完結ではないのだ。
finale
話を戻します。
お金という概念が無くなった時、
あなたは何をしますか?
完
ニートになって考えたコト4
week4
DAY22

あっという間の沖縄生活。
長かったような短かったような。。
色んな感情を抱きながら、
今帰仁をあとにする。
絶対また来るって自信があるから寂しくなかった。
成長して帰ってこようと心に決めて。
夕焼けの沖縄を背に那覇で借りた軽で走る。
そのまま名護市へ。
失敗した世田谷ベースのようなところに彼は住んでいた。
比嘉さん。何歳かはわからないけど笑
60ぐらいのふつーのおじさん。
ただ僕が今まで会ってきたおじさんとは雰囲気もタイプも違った。
話が止まらない。
喋っても喋ってもまだ話は尽きないこのおじさんに誘われ、
電動バイクで名護の海辺を走る。

今でも何者かはわからない。
でもこの人といるとすげぇワクワクする
こんなおじさんになりたいなぁって思ったのは
確か。
真っ暗な名護の海。斎藤工が踊ったそのお墓の前でおじさんといっぱい語ったなぁ。

30分の予定が、3時間いてしまった。
今日は車を返さないといけない。
急いで那覇に戻る。
最後の夜はユーキさんのホテルへ泊まろうって決めててさ。
DAY23
どーせ帰るだけ。
飛行機で帰ろうかなって思ってたけど
静岡に予定なんてないし、仕事もない。
ゆっくり帰ろうかってフェリーを予約した。
フェリーは25時間。
ただただボケーっとしてた。
この旅は正解だったのか?

DAY24
朝起きてもまだつかない。
結局屋久島には風が強すぎて止まれず、
あっけなく人生で初めて九州に上陸した。
急いで屋久島へと向かう。
人生初の屋久島は思ったよりも心は穏やかな気持ちで上陸した。
世界遺産の島
お迎えにわざわざきてくださっていた将さんの車に乗って将さんの友達の家へ。
小さな古民家に着く。
一軒家はでっかい方がいいって思ってた俺にとっては考えられないくらい小さい家。
なんか憧れた。
俺の目にはとっても大きく映っていた。
本州、静岡にあったらなんだこれって思うような家が屋久島ではたくさんあった。
自然と共存している。
素直にそう感じた。
なんか好きだった。
屋久島に移住してくる人は結構多いらしい。
その多くが不便さを求めてやってくるという。
便利すぎる世の中から敢えて。
コンビニもATMもない。
一周車で3時間の小さな島、屋久島。



夜、将さんに招いていただき、BBQ。
その後初キャンプ。
屋久島の人はみんな何かを求めてここへやってきた人ばかりで、一緒にいるのが楽しくて。
まるで違う国に来たようなそんな感覚だった。
コーヒー農園作ってみようって将さん言ってたな笑
DAY25

将さんに車で観光に連れてってもらう。
目に映る全てがジブリで。
屋久島は湿気が多すぎて、植物がすぐ腐るという。
水がキレイな屋久島。
この島に来ると腐る人とキレイになる人の2パターンいるという。
俺はきっと前者だった。
この夜年に一回の花火大会があり、連れてっていただいた。
将さんには今も感謝しきれない。


DAY26
初心者には車を貸さんと言われたが、
どーしてもと言って貸してもらった車を擦った。
この夜、1日2回しか出ないという海の中の温泉へ
この旅の反省会をする。
後ろには山、前には海。
そして上には満点の星空。
あーなんて無計画だったんだろう。
中途半端に来でいい島じゃなかった。
明日帰ろう。
そう決めて見た最後の最後で屋久島は
僕の人生1の風呂に入れさせてくれた。

DAY27
三岳を飲みながら一人で朝日を待つ。
無事寝坊し、おじぃに車を返し屋久島を後にした。
多分、今じゃなかった。
中途半端に来たらダメなところだって感じた。
さまざまな想いをお土産に
高速船に乗り込む。
鹿児島へ着いたのは正午だったろうか、
高校2年?の頃ネットで知り合い笑
仲良くなった唯一のネッ友と初めて会う。
今までもこれからも尊敬し続けるであろうその子が港へ迎えに来てくれた。
霧島へ連れてってもらい、宿へと連れてってもらう。
なんだかんだで宿の女将とその子とバイクで日本一周している人とご飯を食べた。
とっても楽しい夜は一瞬で終わった。
この旅ももう終わり。
旅の終わりは寂しいけど、
次のステップが見えていた東海道とは違い、
今の俺には次のステップがない。
モヤモヤした気持ちで布団についた。


ニートになって考えたコト3
week3
〜ドルが舞ったあの夜を忘れない〜
DAY15
今日が最後の出勤。最近行ってなかったため、
若干緊張気味。不登校の気持ちがわかる。
夜の松山。
今日で最後か、そう思うと寂しくなる。
終わりが見えた途端気持ちが変わる。いつの時代も一緒。

働く前はキャバ嬢の子は何か働かざるおえない事情がある方ばかりだと思っていた
今考えたらものすごい偏見ですが、、
でも、自分で事業を持ちながらこっちで営業がてらしてる子だったり、リゾバ気分でしてる子だったり、、
もちろん働かざるおえない方もいましたが、
いろんな夢を追った方達がたくさんいました。
偏見大変申し訳ありませんでした。
そして店長、ありがとうございました。
と、ラーメンを一杯。
ボーイの仕事は、夢追いかけはじめてからかな〜。
じゃないと女の子達に顔向けできないや。笑
DAY16
翌日から予定してる沖縄一周に向け、
準備という名のサボりをかまし、
ママチャリ旅で出会ったカメラマンの中神さんの友人のタイラさんと食事!
そこまで熱くなかったから続けられた
そうおっしゃってたけど、
それ言えてる時点で十分熱いなぁと。笑
DAY17
沖縄一周したいんです!
コザは面白いよ?
あそこは絶対一泊しなさい!
てことで、
女の子と行く予定だった瀬長島のウミカジテラスや、(悔しい)


足るを知らながらぐいぐい北上。
沖縄市コザに着いたのはちょうど夕方。
コザは夜の街、これからだ!

人生で初めてタトゥーのお店を見たと思ったら、
何軒も何軒も。
タトゥー文化の沖縄ってか
ここはアメリカでした笑
アメリカ行きたいなぁって思いながら、
ヒッチハイクで沖縄一周中のパイセンと
3時まで踊りまくった日。
ただで何杯飲んだんだろう。
朝起きたらポケットに1ドル。
わーお。アメリカン!
DAY18
酔ったまま朝イチで宜野湾へ。
宜野湾は那覇のちょっと上。
コザからすると左。
まさかこんな激しいとは。。
酔い覚ましにはこれしか無いと感じた
海上ジェット?でした。

パイセンとお別れし、どんどん北上。


そして
旅人みんなにオススメされたゲストハウス
結家へ。
ここは書ききれないので割愛。
すごすぎた。
語彙力なさすぎてごめん。
でも、
この人からいろいろ学びたい!
そう強く思った。
DAY19

地図に載らない場所で
朝イチ
殺されかけたフンガー滝。笑

急いで辺戸岬へ。
あーもう夜
急いでアメリカンビレッジへ。

自衛隊卒業旅行みんなのおかげで楽しめてます。
この旅で友達40人増えました。😊
皆様ありがとう✌︎
DAY20
2日連続のハロウィン。

しか覚えてないくらい楽しすぎた。
DAY21
コーヒー巡りした。
ごめんめっちゃ適当。
また時間ある時に詳しく書くわ〜
読んでくださいお願いします。
今回適当まじごめん。
いや大丈夫
心の優しい人しか読めない設定にしてるから
って言い聞かせてみる。
ニートになって考えたコト2
こんなにも知らない世界が、「こんな近く」に。

3日間お世話になった旅人とともに、、
DAY8
生活保護、ホームレス、人生に悟りを開いた若者、旅人、普段関わることがないような人達がここには普通にいて、自分には想像もしてなかったような生活が、社会があった。
どーゆー人になりたいか、どーゆー生き方がしたいか、明確になったそんな空間でした。
夢を失ったらまた戻ってこよう。
そんなパワーを宿した場所でした。。
この日見たジンベイザメはとても綺麗でした。
バイトとスタッフサボりましたさーせん!
DAY9
とりあえず生きてきた8日間。
多分、貧乏旅は向いてない笑、旅人のくせに贅沢好きでよくばり。
だってせっかく沖縄いるのに。

お店はだいたい毎日3件ペース
平日は家、週末カフェみたいな自分の秘密基地
みたいな空間作りたいなぁって、お花畑の頭で
ごろごろ考える。
自衛隊時代からそんな時間が結構好きで、
そんなこと言いながら大好きな先輩と同期とダベ
る射撃の合間とか、
大好きだったなぁ。
戻りたくはないけど!
何はともあれ、親友に堂々と語れる生き方でありたいな。
今はちょっと許して笑
DAY10
お、久しぶり〜
2日間スタッフサボって松山に泊まってたので
てっきりトんだと思われてたらしい。
トぼうとしてたのは事実。
ほんとすいません。
っていったらさみんなもサボってたらしい。
ゆ、ゆるい。
さすが沖縄。
今日は金曜日。明日明後日はスタッフ休み、
今日で最後にしよう!
そう決めてやってきた。
サボってしまってすいません。
お金は払います。申し訳ありませんが、退去させてください。
店長のソウさんはニコニコとオッケーしてくれた。
こんな人になりたい、旅人にはなれないけど
こんな心のでかい人間に!
なんでも許せる、どんな人も受け入れる
器のデカい、優しい人間に。

どっかのエッセイで読んでから、
どうしても行きたかったコーヒー屋さんへ。
着いたのは日本のスラム栄町。住んでる方ごめんなさい。
だってほんとにスラムなんだもん!
多分沖縄で1番うまいカフェラテ、
コーヒーの味は分からんけど。
香りは神でした。俺の舌星5。
まぁ首里城行ったのに、言わなかったのには理由がありまして、笑
DAY11
ボーイの仕事やると、朝起きるのが辛くてさ、
でもダイビングライセンスほしいし、
7時45分謎の港集合。
1日目にして思った。俺多分ダイビング好きじゃない笑
あ、誘われたら行きますよ!
もちろん!

浦添にある元米軍の街をリメイクした街?
とってもオシャレでしたが、
俺のセンスによってこんな感じに。
ごめん浦添、、
DAY12
慶良間ブルー!
世界屈指のダイブスポットらしい。
でもダイビング好きじゃない俺からしたら。笑
なつきさんとショーンさんに励まされながら
なんとか吐かずに那覇へ戻ってきました。
無事ライセンス取れたところで、
超絶疲れた一日終了〜。

あ、ご飯ごちそうさまでした笑
夜も!
19歳だとみんな可愛がってくれる。
くそー絶対奢り返してやる!
試練か?笑
夜一緒に食べた方は俺と一緒でピーチ航空できたらしい。
いくらでしたか?
無料でしたよと。
は?は。
パイロットさん。はじめてお会いしました。
ほんと沖縄、
あんた幅広いね笑
で、ダイビングの感想。
水族館で良くね?笑
これからダイビング行く人は是非楽しんで!
DAY13
フランキさんお久しぶりです!
やっぱカッケーこの人。
この人から学べることはまだまだ尽きんなぁ。
森岡薫と女を取り合った男。笑
意味がわかりません。
夜はフットサルに連れてってもらいました!
いつも素人の自衛官のおっさんたちとニコニコしながらボール蹴ってたため。
身体が動かん。。
また本気でやりますか!
右には田口たいし?のお兄さん
左は現役Fリーガー、
そこにいるのはソーマプライア。。
そしてさっき喋ってたのが、
琉球の取締。
上から下まで沖縄。
お前は欲張りだ。
成功者からホームレスまで、
誰もを魅了する島、沖縄。
そんな島で生活できた2週間。
誇りに思います!
まぁ頑張れよ大ちゃん!
琉球チャレンジ!
Jリーガー。カッケーな!
DAY14
高級焼肉から初キャバ。
ど緊張の田舎者。
さっきから松山通りの皆さんあなたにペコペコしてるけど、
ほんと、何者ですか?笑
琉球の会長。おじさんにして夜遊びデビューらしい。
若い時遊ばんとそうなるらしい。
勉強になります会長。
next軽で沖縄一周
沖縄生活卒業編となります。
ニートになって考えたコト1
19歳の夏
ニートになった。
小学生の自分が
想像もしてこなかったような生活がはじまった。
.
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よく自分に質問する。
お金という概念が無い世界で
俺は何をするんだろうと。
week1
めちゃくちゃやってみたかった!
という訳でもなく。なんとなく。
退職するちょうど1ヶ月前、親友と沖縄へ
2泊3日の旅行へ行っていた時のこと、
退職したら何かの道に進みたいと考えていて、
昨年末に旅をした際、軽井沢でパティシエの方に
お誘いいただいたので、
その道に進もうと思っていました。
が、なんとなく本気になれていない自分がいた。
パティシエは専門学校などで知識をつけてからでないと難しい世界で、
初心者の僕を誘ってくださったその方について行こうと思いましたが、
中途半端な思いのまま行っても申し訳ないな
と考えていたのだ。
今考えると浅はかで自分勝手な考えだったなと思う。
帰りの飛行機まであと3時間と迫ったなか、
北谷のビーチでブラジル料理のバイトに誘われた。

仕事は仕事!遊びは遊び!
しかも料理の勉強もできる!
ゆっくり流れる沖縄時間でお金に縛られない
そんな生活を
自衛隊とは真逆の価値観の場所で
仕事を学べる!
そんな思いで、沖縄行きを決意した。
が、
退職の直前、連絡が取れなくなりました。
焦りました。
でも沖縄のお金に縛られない生活の中で仕事をしたい!これだけは揺るがなかったので、
アポなしでの沖縄行きを決めました。
退職して最初の2週間、
山形に免許を取りに行くため、
ヒッチハイクをしていました。
その時拾ってくれた方が、
沖縄に住んでいる友人の方を紹介してくださいました。
DAY1
夕方、名古屋から那覇へ飛びました。
空港に迎えに来てくれたユーキさんが、
まだ来て2時間の僕にラウンジのボーイの仕事をくださいました。
その日はその方のホテルに泊めさせていただきました。
人生で初めてフィリピンパブに行きました。
最高でした。

DAY2
そのホテルは一泊2500円。
それでも全然安くしてくれていましたが、
お金より沖縄に知り合いを作りたい!
そんな思いでゲストハウスのスタッフを募集しているところに電話をかけ、すぐに伺いました。
スタッフをやる代わりに宿代無料。
二つ返事でOKしてくれた店長の聡さん
仕事が今日から始まると言うと今週はゆっくりしてとただで泊めてくださりました。

俺が知ってるゲストハウスではなかった。。
衝撃的でした。
日本のスラム。この言葉に合うような、
とてもオシャレと言えるような場所ではなく、
生活感溢れる場所でした。
何はともあれ宿代無料。
まぁとりあえずはココでいっかなと。
初めての夜の仕事。
とても緊張しながら行きました。
そんな僕に店長、女の子たちは皆優しく迎えてくれました。
まさかさっきまで戦闘服着てた俺が、、
想像もしてない生活にこの頃はワクワクしてました。

時給1200円現金支給。
初ボーイを終えて、モヤモヤした気持ちのまま
帰りました。
これでいいのか?
初日だからしょうがない。
これで自分の心を押さえ込んでました。
この日にもらった3千円は、
自衛隊で貰った何百万よりも嬉しかったのを
今でも覚えています。
その日に自由に使っていいお金。
お金の本来の使い方を制限されていたからこそ、よりありがたく思えました。
あの日のソーキそばの味を忘れることはないでしょう。おにぎりも追加しました。
自由の味がしました。
DAY3
昼過ぎにユーキさんに呼ばれとあるビルの屋上へ
ゆっくりとサッカーの話で盛り上がる。
夜はボーイ
とっても優しい店長と仕事終わりに行きつけの
ソーキそばの店へ。
お店の女の子の話、店長の話から沖縄県の現実の話までいろいろ話しました。
次の日から沖縄の色は少し変わって見えました。
昨日よりもはっきりとモヤモヤした気持ちを胸にスラムへと戻りました。

↑近所
これじゃお金を生み出すロボットだ。
なにしてんだろ。
やりたいなら好きにやれ金はある。
そう自分に言い聞かせながら。
またバイトへと向かう。
何のために辞めたんだろう。
気持ちとは裏腹に夜の仕事は新鮮で面白かったです。
女の子とスタッフでお客さんの幸せを、夢の一晩を創っているという感覚が。
人を喜ばせるという快楽を久しぶりに思い出しました。
DAY4
折角の沖縄。まだ海に行ってなかったので、海パンを履いて海へ。
真ん中はカップルや観光客の方たちで賑わっていたので、隅っこへ。
背泳ぎをしていたおじぃに泳ぎ方を教えて貰いました。
お腹が空いたのでキッチンカーへ。キッチンカーをやっていたのはミッチーというザヒッピーのようなおっちゃんで、案の定元バックパッカー。世界を回っていた時の話を聞きました。
陽が暮れる頃には5人くらいの輪っかになってその中にボクもいました。
自然に混ぜていてくれました。
目的がないようなそんな空気が少し焦りを生み出しながらも心地よい空気が流れてました。
日が沈んだ後のまだ明るい紫色の空を見終わった後、帰路へつきました。
ヒリヒリした肌で出勤しました。

DAY5
仕事を辞めて沖縄へ来たのに、
あの頃(自衛隊)と同じ気持ちのまま時は過ぎていく。
昼前に目覚めボケーっとし。
お腹が空いたら飯を食べ海に潜る。
キッチンカーの前で夕陽に座りながら知らないおっさんたちとミッチーとメシを囲む。
ボケーっと相談する。
やっぱ人生の先輩。ためになる。
夜、泳ぎの先生(おじぃ)が民謡クラブに連れてってくれた。
連れてってくれたというより、
金を出したのは全部俺なので、
俺が連れてったのが正しい。
誰もお金を持ってない。
それが沖縄。
民謡クラブでステージに立つ俺を見て笑うおじぃ
みんなが楽しんでくれてよかった。
大声で島唄を歌う。
こんな時間もあっていいなと。

いつの日ぶりかのダブルションベンかまして
スラムへと帰りました。
DAY6
朝9時起き。
初スタッフは自衛隊レベルの清掃4時間みっちり。
やらせていただきました。
ちなみに一泊1200円、
時給300円。汗だく。
言ったからにはやらんとかんよね。
人の話はしっかり聴こうと反省しました。
休憩していると、居間で一日中三線弾いてるおじさんに話しかけられました。
貧乏旅が好きらしい。
俺は貧乏旅がニガテです。と思いました。
沖縄に来てまで、部屋に篭り三味線を引く意味が分からなかったからです。
その夜、朝5時までお客さんといろんな話をしました。
DAY7
朝、その旅人3人が俺の職場近くのゲストハウスに引っ越すとのことで
俺も便乗。
とりあえず荷物は全部持ってきた。
雨の中、海に潜る。
波の上は貸切!
のあと、ホットコーヒーであったまる。
岐阜のとある山の上であさ7時ホットコーヒーを飲むシャレたおっさんに会ってから、
そんな趣味に憧れた。
ゆったりとした時間も楽しめる大人になれたら
最高だろうなぁ。

コーヒーの味なんてわからない。
でもなんか一歩近づいた。そんな気がしました。
東海道vol.19終
旅ってやつは気まぐれだ。
滋賀の友達に8時に起こされる。
らしい最終日が始まった。
京都の友達に一報、今日着くからカメラマンよろしくって。
なんも言ってなかったのに一瞬で理解してくれた友達ありがとう😊

旅ってやつは気まぐれだけどさ
今の俺に絶対必要な人を合わせてくれる。
今の俺に絶対必要な景色を見せてくれる。
ぜーんぶ必然なんだって、
しっかり教えてくれた。
全部は学びきれなかったけど、
いろいろ教えてくれた。
毎日価値観をぶっ壊していきたいって思って生きるキッカケになった。
コイツのおかげで基本楽しくなった、
ぶっ壊してくれる方に動けるようになったから。
ビビりは相変わらずだけど。笑

建部大社
ってところでさ
おばぁちゃんに話しかけられたんだ。
東京から歩いてきて、
いろんな人にいっぱいお菓子貰って
バックパンパンでさ笑
そのお菓子を一緒に食べたんだ。
おばぁちゃん泣き出しちゃってさ、
こんな貰ったのはじめてだよーって。
俺もばぁちゃんぐらい感謝を示せるかな、、
琵琶湖を越える。
山が見えてくる。

東海道最後の宿場町、大津宿に着く。
これが53番目の宿場町、
これで502km。
あと11km。
もう終わる。
三条大橋で今までの人生で1番でかいガッツポーズをあげたい!
そんな想いで1ヶ月工場で働いた、
2ヶ月分の想いが溢れかえってくる。
山を登る前、お菓子をいただく。
でっかい袋3袋。
バック限界を迎える笑
山を越えたら京都。
京都の看板が見えた。
心拍数がグッと上がる。
もう終わってしまうって寂しい感情が、
ワクワクにかき消される。
バンジージャンプの直前みたいな、
遠足の朝みたいなそんな感覚。
久しぶりだった。
自動車免許は取れなかったこの春休み、
笑顔の免許はバッチリだ。笑

正直、ラスト5キロは覚えてない笑
やってみた人ならわかると思う。
鹿児島の居酒屋で会った兄さん!カミーノはどうでした!?
大西洋を見た時の気持ちって覚えてますか?
人間って上手くできてる。
とんでもない刺激を受けた時の記憶は消えるようにできてるんだと思う。
痛みも喜びも突き抜ければ。

三条大橋。
513km、
寄り道ばっかだった。
俺のGPSは600kmを越えていた。
寄り道って言い方は悪いか、
俺の人生で必要だった道だから。
1601年、
当時、軍用路として整備された歴史の道は
時代と共に庶民の道となり、今では日本の大動脈となった。
こんなロマン溢れる道を18歳で歩けた僕は
幸せもんだ。
高校時代のナマティーの余りに、
出会った人にメッセージを書いてもらった。
これから自衛隊へ入るんです。
人生で大切にしてきた言葉を教えてください。
この未熟な僕にこれからの人生のアドバイスをくださいって笑
頑張れも嬉しいけど、
そんな言葉じゃ満足できなくてさ笑
わがままな僕にアドバイスをくれた皆様に、
葉書を書かせていただいた。


一人一人との思い出を添えて。
一枚も同じカードを作りたくないし、
そんなカード一枚もない。
品川のうどん屋さん。
蒲田で一緒に走ったお父さん。
戸塚生麦でジュースをくれたお母さん。
フロンターレのしゅーと選手。笑
箱根で御守りをくれた甘酒屋さん。
一緒に山を越えたフナさん。
スカイウォークでお世話になった杉山さん。
K's箱根のカズさん。
毎年葉書をくれる藤沢のお父さん。
亀山のお父さん。
etc...
本当に本当にありがとうございました😭
京都で人生初SEX
失敗に終わったのもいい思い出。笑
Fin
2021.2.24-2021.3.20
東海道五拾三次
東海道vol.18
昨夜に滋賀着いて、ルートインに泊まる。
予定は無計画。
できるだけゲストハウスに泊まるって思ってたけど、足の疲れには敵わない。笑
屋根があって壁がある、だけでも幸せなのに、
ベットとご飯まである。
こんなことしなかったら思えなかった感情で朝を迎える。
18日目
いい意味で何もない。
でもこの景色が見たくて東京から歩いてきた。
450km。
早く終われって思ってた自分が、
もう終わるって、寂しいって思い始めたのはどこからだろう。

車なんて通らねぇ〜んだっておっちゃん
なんだかんだ30分話し込む。
三重に入ってから人が変わった。
ガラって、
ほんとに急に、隣の人が友達ってそんな感覚に。

この道が好きなんです。ってご夫婦。
途中は忘れてたこの感情、
俺も大好きです!笑

街道沿いってお寺がたくさんあるんだ。
もちろん寄り道。
お茶をいただく、
束の間の時間。
出逢えるだけで奇跡なのに、みんないい人。
こんな時間もあと少しか。

51.石部宿

52.草津宿
18日間、487km、
京都まであと28km、
あと1日でこの旅が終わる。